amazonは、留守宅のカギを開けて荷物を届ける「amazon key」を発表したり、ウォール街のトレーダーが、既に人から人工知能へと代わっていたり、データを与えれば、人と変わらぬ自然の文章を書くソフトができたりと、ジワリジワリと新しい波が押し寄せてきています。

家の中にスマートスピーカーが置かれ、IoT化によってクルマや家電、衣類など、ありとあらゆるモノとモノが繋がる社会へとなってきましたが、今後はさらに、「モノ」、特に普段あまり手で触れないモノは、これからコンピュータ化されていく可能性が高いと言われています。

要するに、物質として存在していなくてもいいという「モノ」で、そういったものは、比較的バーチャル化されていきます。

例えば、テレビ。

普段の生活の中で、テレビをわざわざ手で触るなんてことはしません。せいぜい掃除をする時ぐらい。

そうすると、テレビというモニターを物質として存在しておかなくても良いとなるわけです。

既にヘッドマウントディスプレイもありますが、さらに今後は、ディスプレイを何もない空中に映し出されるようになります。

また、英国のUmbrelliumは、現在横断歩道をバーチャル化する試験を行っています。

これは、歩行者の有無に応じて、道路に横断歩道を出現させるというもの。

この技術は、単なる横断歩道の表示にとどまらず、カメラによる画像認識(位置、動き、速度)によって、自転車用の停止線、歩きスマホをしている人への警告サイン、ドライバーに子供の飛び出しやクルマの死角にいる自転車等の警告などにも対応するというものです。

ただ、こうしたバーチャル化したモノが社会に浸透するためには、画像の解像度が高くならなければなりません。

いま自分が目にしているモノが、現実のものなのか、それともバーチャルなものなかというレベルです。

その区別がつかないぐらいの解像度になると、特に普段手で触る必要がないモノであれば、それがリアルかバーチャルかというのは、あまりたいした問題ではなくなってきます。

そこまでの解像度になれば、例えば家の中の観葉植物も、観賞用の花や魚、絵画なんかも、実物ではなくバーチャルで十分になります。

スマートスピーカーに、「観葉植物もう少し大きいのにして」「花瓶の花、バラにかえて」と言えば瞬時にやってくれるような、それこそ季節や気分、はたまた誕生パーティーやイベントなどによって、家の中を模様替えしたりイメチェンしたりが簡単にできたりする、そんな暮らし方がごくごく当たり前になるのだと思います。

「リアルなモノしかない、だからそれを買って置く」、選択肢がそれしかなかった時代から、バーチャル(でもリアルとの区別がつかない)なモノを利用するといった選択肢が増え、音楽や映画、本、そして、不動産にクルマと、あらゆるものが、所有することから利用する社会へと変わってきました。

コンピュータの技術は、私たちの暮らし方を変えていきます。

ただ、バーチャルなモノに囲まれて暮らす生活も、単にスパコンや人工知能といった、コンピューター技術だけでもたらされているのではなく、それによるビジネスの変化だったり、労働・仕事の代替を伴ってつくられる環境だということを忘れてはなりません。

今後、人工知能が台頭するコンピュータ社会によって、これまでの社会とは異なる考え方や概念が生まれてきますが、それをまずは受け入れ、そして、順応していく者が、これからの社会を生き抜くことができるのだと思います。

実際の大波は、これからです。

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